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歴史
発見は1900年前とも1300年前とも言われている。万葉集にもその名が登場している。現在の温泉街が形成されたのは戦国時代 (日本)|戦国時代である。長篠の合戦で負傷した武田兵の療養場所として整備された。石段もこのときにできた。明治時代以降は竹久夢二、徳富蘆花、夏目漱石、萩原朔太郎、野口雨情など文人が多く訪れた。また、御用邸やハワイ王国大使別邸なども作られた。更に1910年には、渋川市|渋川から路面電車も開通した。同線は後に東武伊香保軌道線となり、バス (交通機関)|バスの台頭で1956年に全廃されている。戦後は歓楽街温泉としても栄えた。芸妓組合が現在も存在している。近年、温泉街の店舗が東南アジアから人身売買によってつれてこられた少女を監禁し、売春行為を行っていた事実が発覚し、マスコミに取り上げられている。2004年の温泉偽装問題では、水道水を使用しているにもかかわらず温泉表示を行っていた温泉があったと報道され、注目を集めた。これは、戦後の旅館数増加に対して、開湯以来の黄金の湯の源泉は、小間口権利者ならびに権利者から購入した旅館のみの利用に限られ、源泉が不足していたことによる。この小間口権利者が源泉を利用する権利が、周辺の湯を分配していた宿に対しての供給量を抑えて湯を引けなくなった宿が多くなった時期と、伊香保温泉における2004年の温泉偽装問題が発覚した時期が符合することから、権利者の行動に疑問を投げかけた見方もあった。源泉の不足を補うために、1996年に白銀の湯が開発されたが、すべての旅館では使われなかった。また、この白銀の湯は成分的にも黄金の湯に比べ温泉特有の成分が非常に少ない(メタ珪酸単純泉:つまり、「温泉法第2条による温泉」)ので、人によっては温泉かどうか分からない、といった声もある。湧出温度も低く成分も特有のものがないため、温泉というよりは湧き水に近いと想像した方が無難かもしれない。茶色の温泉饅頭の発祥の地とも言われ、1910年から売り出されている。「湯の花まんじゅう」と呼ばれている。1955年に日本最初のケーブルテレビ|CATVが設置されたとされ、温泉地にある「文学の小径公園」にはその記念碑が設置されている。
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